坂上

映画館

新潟市内には映画館がいくつもあった。新潟東宝、新潟東映は直営館で、椅子などはだいぶ古くはなっていたが、座席数が多い映画館だった。この他にも松竹や日活ロマンポルノをかける大要など、古町周辺には映画館が固まっていた。自分は東宝、東映の営業担当だった。話題の新作映画が封切り前になると試写会を開催したり、宣伝用のスポットCMが出たりするので、よく通っていた。支配人も昔ながらの活動屋といった風情で、ぼろ儲けした時の話などよく聞かされたものだ。

支配人から毎月、映画の無料鑑賞券をいっぱい貰っていて、代理店の担当者に配ると喜ばれていた。劇場に行ってお茶をご馳走になりながら世間話をしていると、「坂上君、この映画なかなか面白いから1本観ていきなよ」と言って、無料でよく観させてもらった。これは営業特権。しかし、夕方に高倉健さんの「居酒屋兆二」とかを観たらもうもうダメ。映画館を出た瞬間に居酒屋に直行するハメになる(笑)。

新潟東宝は本町の仮事務所からも近く、徒歩1分。映画館の地下は飲食店街になっていて、お昼ご飯でもよくお世話になった。「勝烈亭」はトンカツのお店で、昼時はご飯の大盛りと生卵が無料と、若手の新入社員には最高のお店だった。「揚子江」という中国料理の店も名店で、ここの五目チャーハンや五目焼きそばは絶品だった。「菊正」という居酒屋も愉快な禿親父が経営していて、タレントさんを連れて行ったこともあった。ここの締めのにゅう麵は実に美味かった!

新潟東映も仮事務所から10分足らずの距離にあった。劇場正面は新潟駅南方面行きバスの主要ターミナルになっていて、古町周辺で働く多くの人がここからバスに乗って帰宅の途についていた。自分もその一人。だが、この新潟東映の真裏には本町(ほんちょう)市場といって、新潟市の台所と呼ばれる魚市場がある。なので周辺は新鮮で旨い刺身を食べさせる店が軒を連ねている。真っ直ぐ帰れないようになっているのだ(笑)。

仕事が終わると、雪がちらつく道を東映前のバス停まで同僚と一緒に歩いていくのだが、夕方になるとあちらこちらから焼き魚の匂いやら焼き鳥の煙が流れてくる。バス停の近くに「案山子」という小粋な居酒屋があって値段も手頃、「ちょっと一杯引っかけていくか?」となる。誘惑が多すぎるのだが、これも社員同士の大切な飲みニケーション。冬の寒い季節に飲む熱燗の旨さと言ったら…。新局で多忙を極めていたからこそ、こんな時間が必要だったように思う。

どこの地方都市も映画館は繁華街の一等地にあった。殆どが映画最盛期の時代に建てたものだろう。新潟市も同様で、古町には三越、大和(だいわ、金沢が本店の百貨店)といった百貨店が並び、ファッション関係のテナントを始め、様々な飲食店がひしめいていた。映画を観終わった多くの人々が、食事やお酒を楽しんでいた。

しかし、残念ながら新潟東宝も新潟東映も姿を消してしまって、今や駐車場だ。あの賑わいはもうない。地方都市にあった昔ながらの中心街の多くが同じように空洞化に悩んでいる。

郊外型の大型ショッピングセンターやシネコンの登場とともに、映画業界にも影が差し始めていた。