坂上

新潟時間

開局した昭和56年は、後に56(ごうろく)豪雪と呼ばれるほど、雪が多い年だった。県外の方は知らないと思うが、雪国新潟の中でも新潟市内は殆ど雪が積もらない。なので少しでも雪が積もると交通マヒになってしまうほど、実は雪に弱い町である。長岡や上越の街には「消雪パイプ」と呼ばれる地下水を使った消雪設備が整い、除雪体制も盤石なので、冬の間は交通マヒになることが殆どない。雪国、新潟県の中でも環境が全然違うのだ。

毎朝、一人暮らししている自宅のビルの部屋からバスに乗って仮事務所に行くのだが、少しでも雪が積もると、バスがなかなか時間通りに来ない。ダイヤがすぐに乱れる。来ても超満員で乗れないことがある。都会のラッシュアワーの満員電車と同じ状況だ。

何とか乗って会社に向かうのだが、バスはノロノロ運転で少しも進まない。道路がどこもかしこも大渋滞になる。特に、新潟市内のど真ん中には信濃川が流れているので、橋の手前で渋滞が発生する。橋を渡らないとどこにも行けないのだ。

古町方向に走るバスが漸く信濃川にかかる昭和大橋を渡るが、すぐにストップしてしまう。腕時計の時間を見ると、もう9時10分前だ。当時は9時から18時までが就業時間だったので、このままでは確実に遅刻してしまう。新入社員としては、遅刻は絶対に許されない。橋を渡ったところのバス停で降り、仮事務所まで走る。幸いにも古町通には雁木(がんぎ)と呼ばれる雪除けの屋根が歩道の上に設置されているので、その下は雪がない。9時に間に合うように必死に走る。出社といっても当時はまだ大学生、登山のトレーニングで鍛えた長距離走で苦にならない。若かった。

そして9時少し前、本町9番町の仮事務所に到着。ギリギリ間に合った。事務所に入るとガランとしている。同僚が一人だけいた。

「いやあ、何とか遅刻しないで間に合ったよ。けど、誰もいないね?」と息を切らしながら尋ねると、同僚は「今日は雪が降っているから、まだまだみんな来ないよ。新潟時間さね」

「新潟時間?何それ?」

「新潟は雪が降ると時間通りにはならないんさ。だから遅刻も当たり前。それが新潟時間さね」

初めて聞いた「新潟時間」。それは雪国特有の生活習慣から生まれた言葉だった。雪が降ると通常のスケジュールが変わるのは当たり前。それを誰もが受け入れてきているのだ。雪国の生活とはそういうものだと初めて知らされた。

「早く言ってよ~」。流れる汗をぬぐいながら椅子に座り込んだ。

10時前後になると、社員が三々五々出社してくる。「いやあ、今日の雪は大変だったね~。そっちはどうよ?」などと、石油ストーブを囲みながら雪の話題でひとしきり世間話が始まる。なんだかんだ言っても、新潟では雪のない生活は考えられない。日本海側や北海道などの雪国にとって、雪との共存は生活そのものということを知った。東京に暮らしていたら、全く知らないままだったろう。でも、これが日本という国の本当の姿である。

雪国の厳しさ、そして恵み。それを少しずつ学んでいく。